達海猛が監督に就任してETUのスタメンは大きく入れ替わった。
それまではベテランが中心のチームだったが、ベテラン組と若手組に別れての紅白戦や、夏キャンプ(2巻)、プレシーズンマッチを経て迎えた開幕戦では、椿大介、赤崎遼、清川和巳、世良恭平などの若手選手がスタメンに顔をそろえ、堺良則、石神達雄、堀田健二などのベテランが若手と入れ替わる形でベンチを温めることとなった。
作中、キャプテンの村越茂幸が、十年もの長期に渡りチームを引っ張ってきたことは繰り返し描かれているものの、同じくベテランと言われる年齢に達した他の選手について描かれることは少ない。作画の中で「SPEED STAR」という堺の横断幕が見られること(3巻)、川崎フロンティア戦で相手チームのGKである星野が「堺さんが去年までより嫌な動きをするFWになってきてるってことは認めざるをえない」と言っていること(23巻)などから、過去のプレースタイルを想像するのみである。
だが、作中に描かれていないだけで、この選手たちにも当然若手の頃はあった。
毎年残留争いをしていると言われ、監督にも勝ち星にも恵まれず、それでもサッカーを続けてきたサッカー愛の強い選手たち。今シーズン、達海が監督に就任したことでチームは白星を重ねることが出来ているが、彼らは既に三十前後であり、選手としての未来は決して長いとはいえない。今まさに伸び盛りの椿や赤崎、世良とは根本的に事情が違う。若手選手よりも圧倒的に引退が近づいている、その選手生活の中で、やっと勝てるサッカーが出来るようになった。それが今シーズンのベテラン組だ。
堺良則は達海猛が監督に就任してから、同じFWの世良恭平にポジションを奪われた。
世良の持ち味は「プレーに迷いがないこと」と「スピード」であるのだが、堺もかつては足の速さが持ち味の選手だったことがうかがえる。だが堺自身「夏木の勝負強さもお前のスピードも俺はもう持ってない」と語っており、また1巻の30mダッシュで達海の選抜したレギュラー候補組に選ばれなかったことからも、既にその持ち味は失われているようである。
堺は今季、プレースタイルを変えた。
世良によると「去年まではもうちょい感情出してプレーしてた」(10巻)ようだが、本人曰く「相手の嫌なところを突く自分なりの戦い方」を模索し(11巻)、達海監督に「ゴール前でも冷静でいられる」と言われる選手になった。
堺は「選手としてのピークは越えたかもしれない」と自覚してはいるが、決して諦めてはいない。
本人が直接世良に告げたとおり、FWとして「負けるつもりはさらさらない」。
かつての武器であった足の速さで若手に勝てなくなろうとも、選手としての可能性を模索し続け「周りの能力を引き出してやる、状況に応じてチームのためのプレーをする、それがここで生き残るための今の俺のFWとしての牙のむき方なんだ」(24巻)と、自分を律する堺らしい方法で、堺自身の新たな武器を見つけ出した。
一方、MFの堀田健二もまた、若手の椿大介に自分のポジションを奪われ、ベンチに下がったベテラン組のうちの一人である。
そのことを堀田自身「いつかこんなシーズンが来る気はしてた」と甘んじて受け入れている面もあったが、好不調の差が激しい椿の様子に「サッカーの上手さで言えば俺の方が上、監督も今に気づいて俺を使う」と期待を寄せてもいた。しかし、その期待は椿の気迫あふれるプレーによって打ち砕かれる。自分のポジションは、椿に奪われるべくして奪われたと悟るのである。
そんな堀田に対してDFの石神達雄は「今季のウチってなかなかいいチームだと思わない?」と語りかける(11巻)。名古屋グランパレスと大阪ガンナーズに勝利したのちの、川崎フロンティア戦でのことだ。彼もまた、若手の石浜修に右SBというポジションを奪われている。
石神は堀田にこう続ける。
「長いことお前らとこのチームでやってきたけど、こんなシーズン今までなかったろ。今までパッとしないシーズンを何度も繰り返してきてさ…、いいときになって乗り遅れるってのも、なんかシャクじゃねぇのよ」
石神にはわかっていたのだろう。今まさに自分たちベテランが岐路に立たされているということを。今シーズン調子を上げてきたETUというチームから取り残されないようにするためには、自分たちも若手と一緒に成長するしかない。そうすることでしか試合には出られないし、勝つことは出来ないのだと。
だからこそ「キックの精度が少しよくて、ちょっとしたボールキープが出来るだけ」と自己の可能性をしばり、リスクを避けて安全なパスばかり選んでいた堀田に対し「ミスキックになっても知らねえぞ」と言わしめるようなパスを要求して、得点へと繋げてみせた。
そして堀田もまた石神の言葉とそれに続くプレーを足掛かりに自分の殻を脱し、己のテクニックを積極的に攻撃へと活用していくよう意識を改めた。
堺にしても、石神や堀田にしても、彼らは自分たちに残された時間がそう長くはないことを自覚しながら、それでもチームにとって必要な選手であり続けるために自分を、そしてプレーを変えた。そのサッカーへの情熱がETUというチームの戦力を底上げする。
「いいときになって乗り遅れるってのも、なんかシャクじゃねぇのよ」という石神の言葉から察するに、今季の「勝てる」ETUのサッカーは、長年低迷していたチームを支え、耐え忍んできたベテラン組にとって楽しいものに違いない。
その「楽しい」サッカーを一年でも長く続けてほしいと願ってやまない。
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